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ししゃのしょ
死者の書
折口 信夫
「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页
「おお此身は」と思った時に、自分の顔に触れた袖は袖ではないものであった。枯れ原の冬草の、山肌色をした小な翼であった。思いがけない声を、尚も出し続けようとする口を、押えようとすると、自身すらいとおしんで居た柔らかな唇は、どこかへ行ってしまって、替りに、ささやかな管のような喙が来てついて居る――。悲しいのか、せつないのか、何の考えさえもつかなかった。唯、身悶えをした。するとふわりと、からだは宙に浮き上った。留めようと、袖をふれば振るほど、身は次第に、高く翔り昇って行く。五日月の照る空まで……。その後、今の世までも、
ほほき ほほきい ほほほきい。
と鳴いているのだ、と幼い耳に染みつけられた、物語りの出雲の嬢子が、そのまま、自分であるような気がして来る。
郎女は、徐かに両袖を、胸のあたりに重ねて見た。家に居た時よりは、褻れ、皺立っているが、小鳥の羽には、なって居なかった。手をあげて唇に触れて見ると、喙でもなかった。やっぱり、ほっとりとした感触を、指の腹に覚えた。
ほほき鳥―鶯―になって居た方がよかった。昔語りの嬢子は、男を避けて、山の楚原へ入り込んだ。そうして、飛ぶ鳥になった。