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ししゃのしょ

死者の書

折口 信夫

「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页

青空文庫

十六

続いて今ひと響き、びしとしたのは、鳥などの、翼ぐるめひき裂かれたらしい音である。だが其だけで、山は音どころか、生き物も絶えたように、虚しい空間の闇に、時間が立って行った。

郎女の額の上の天井の光の暈が、ほのぼのと白んで来る。明りの隈はあちこちに偏倚って、光りを竪にくぎって行く。と見る間に、ぱっと明るくなる。そこに大きな花。蒼白い菫。その花びらが、幾つにも分けて見せる隈、仏の花の青蓮華と言うものであろうか。郎女の目には、何とも知れぬ浄らかな花が、車輪のように、宙にぱっと開いている。仄暗い蕋の処に、むらむらと雲のように、動くものがある。黄金の蕋をふりわける。其は黄金の髪である。髪の中から匂い出た荘厳な顔。閉じた目が、憂いを持って、見おろして居る。ああ肩・胸・顕わな肌。――冷え冷えとした白い肌。おお おいとおしい。

郎女は、自身の声に、目が覚めた。夢から続いて、口は尚夢のように、語を逐うて居た。

おいとおしい。お寒かろうに――。

十六

山の躑躅の色は、様々ある。一つ色のものだけが、一時に咲き出して、一時に萎む。そうして、凡一月は、後から後から替った色のが匂い出て、禿げた岩も、一冬のうら枯れをとり返さぬ柴木山も、若夏の青雲の下に、はでなかざしをつける。