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ししゃのしょ
死者の書
折口 信夫
「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页
又其、粘り気の少いさくいものを、まるで絹糸を縒り合せるように、手際よく糸にする間も、ちっとでも口やめる事なく、うき世語りなどをして居た。此は勿論、貴族の家庭では、出来ぬ掟になって居た。なっては居ても、物珍でする盛りの若人たちには、口を塞いで緘黙行を守ることは、死ぬよりもつらい行であった。刀自らの油断を見ては、ぼつぼつ話をしている。其きれぎれが、聞こうとも思わぬ郎女の耳にも、ぼつぼつ這入って来勝ちなのであった。
鶯の鳴く声は、あれで、法華経法華経と言うのじやて――。
ほう、どうして、え――。
天竺のみ仏は、おなごは、助からぬものじゃと、説かれ説かれして来たがえ、其果てに、女でも救う道が開かれた。其を説いたのが、法華経じゃと言うげな。
――こんなこと、おなごの身で言うと、さかしがりよと思おうけれど、でも、世間では、そう言うもの――。
じゃで、法華経法華経と経の名を唱えるだけで、この世からして、あの世界の苦しみが、助かるといの。
ほんまにその、天竺のおなごが、あの鳥に化り変って、み経の名を呼ばるるのかえ。
郎女には、いつか小耳に挿んだ其話が、その後、何時までも消えて行かなかった。