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ねこののみとりぶし

猫の蚤とり武士

国枝 史郎

「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页

青空文庫

正気であったなら、そうするだろう。

ところが、萩丸は痴呆状態にあった。

それに大好きな恋しい菊女が、自分の傍らに引き添っていた。

で、もう萩丸は大満足なのであった。

どこへ行こうと、どうされようと、もうもう萩丸は大喜びなのであった。

が、さすがに時々には、不安そうにいろいろのことを、菊女に向かって訊くことはあった。

この夜も結構な小広い座敷の、床の間を背にして坐りながら、向かい合って坐っている菊女に云った。

「菊女や、紀州へ行くのだったねえ」

「はい、さようでございます」

と、男装して凛々しく美しくなった、年長の菊女は教えるように云った。

「紀州へ参って祖父様へ、お逢いいたすのでございます」

「紀州のご殿でお前と一緒に、いつまでも俺たちは住むんだねえ」

「はいはい、さようでございますとも」

「祖父様はお前を可愛がるよ」

「さあ、どうでございますか」

「俺が好きなお前だもの、祖父様もきっとお前が好きだよ」

「そうならよろしゅうございますが」

「俺は、ほんとうにお前が好きだよ」

「妾も大好きでございます。萩丸様が大好きで」

そう、まさに、その通りであった。

女装していよいよ美しく、痴呆状態となっていよいよ無邪気に、あどけなくなった萩丸の姿は、菊女には可愛く可愛く可愛く、取って食べたいほどにも可愛いのであった。