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ねこののみとりぶし

猫の蚤とり武士

国枝 史郎

「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页

青空文庫

蚤とり武士

蚤とり武士

「蚤とりましょう。猫の蚤とり!」

黒の紋付きの着流しに、長目の両刀を落として差し、編笠をかむった浪人らしい武士が、明暦三年七月の夕を、浅草の裏町を歩きながら、家々の間でそう呼んだ。

お払い納め、すたすた坊主、太平記よみ獣の躾け師――しがない商売もかずかずあるが、猫にたかっている蚤を取って、鳥目をいただいて生活という、この「猫の蚤とり」業など、中でもしがないものであろう。

町人百姓でもあろうことか、両刀さした武士の身分で、この賤業にたずさわるとは、よくよくの事情があるからであろう。

「蚤とりましょう、猫の蚤とり!」

蚤とり武士は歩いて行く。

と、一軒の格子づくりの、しもた家らしい家の奥から、

「もし蚤とりさん、取っていただきましょう」

と、老けた女の呼ぶ声が聞こえた。

「へい、お有難う存じます」

と、何んとこの武士の気さくなことか、板についた大道の香具師の調子で、そう云いながら格子戸をあけた。

乳母らしい老女が烏猫を抱いて、三畳の取次ぎに坐ってる。その背後にこの家の娘でもあろう、十八、九の小肥りの可愛らしい娘が、好奇の眼を張って立っていた。

「ま、これはお武家様で」