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ねこののみとりぶし
猫の蚤とり武士
国枝 史郎
「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页
そう云いながらも好色邪淫、荒暴乱倫の三十郎は、夜目ながら美しい菊女の容貌に、好色心を動かしていた。
「黙れ!」
と菊女は男装しているだけに、その言葉なども男のように、荒々しく颯爽と云った。
「大事の場合、何んの汝などに、従いて行こうぞ従いて行こうぞ!」
馬を煽って駈けぬけようとした。
三十郎は通さなかった。
「知らぬと見える、迂濶千万! ……拙者は井上家と紀州藩との、連合軍に味方して、汝らを攻めているのじゃぞ! ……本陣の裏門へ迂廻して、攻めかかったのも我々の方寸、つまり指図からやったことじゃ!」
「…………」
これには菊女も仰天し、意外に思わざるを得なかった。
が、どうしてこの男が、敵の連合軍に加わったのか? ――そんなことを悠暢に詰問しているような、そんな余裕はないと思った。
(一刻も早く鵜の丸兵庫様のもとへ、援兵を求めに行かなければならない! 問答無益! 駈け抜けて行こう!)
でまたも馬を一煽りした。
馬はいななき前足を立てた。
が、その刹那三十郎は、刀を引き抜き馬の平首を、峰打ちにピシリと一撃した。
馬は右手へとっ走り出した。
菊女は驚き手綱かいくり、戦場の方へ戦場の方へ、馬の方向を変えようとしたが、驚かされた馬は無二無三に、同じ方向へ走るばかりであった。