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ねこののみとりぶし

猫の蚤とり武士

国枝 史郎

「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页

青空文庫

船にぶつかって砕けた波が、船の周囲で泡を湧き立たせ、大滝の壺さながらの姿を、闇の中に現わしている以外は、一望まったく墨のような黒さで、空と海とのけじめさえつかない。しかも盛り上がり盛り下がる波は、暗い中でも見てとられ、その轟音に至っては、嵐と雨との音を雑え、吼えるとも聞かれ嘯くとも聞かれた。

が、壮観なのはそういう海上を、伴侶に離れた不知火のように、数点の火が右往左往、あるいは前後に飛び駛り、この大船の周囲を巡って、決して離れないことであった。

小船の篝火の光なのである。

そこから叫び声が間断なく聞こえた。

老貴公子は船首に立って、それらの小船を見下ろしていたが、

「やあ彼らは海賊ではないぞ。……悪意を持っている者どもではない。……声の調子で自ら知れる。……聞いてみよ、何を叫んでおるか……?」

こう家来に声をかけた。

家来達は口々に叫んだ。

「やア海上の小船の方々、何んのご用あって参られたぞ! 申されい、申されい!」

すると小船から叫ぶ声が聞こえた。

「われらは上村の漁師でござるが、お見受けいたせばご難儀の様子、それにこの辺の水路については、不案内の様子に見受けましたれば、ご案内いたそうと参ってござる!」