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ねこののみとりぶし
猫の蚤とり武士
国枝 史郎
「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页
と姉小路卿は不思議に思った。
が、何気ない穏かな声で、
「今もおいでにござりまする」
「おいで? おいでと仰せられるは?」
「お館においでにござりまする」
「ではどこへもお輿入れなく?」
「はいさようにござりまする」
「一度も、どこへも、お輿入れなく?」
「はいさようにござりまする」
「…………」
伊豆守はまたも沈黙した。
眼に涙が光ったようであった。
(はてな?)と思う疑がいが、また姉小路卿の心に涌いた。
(この老獪な宰相殿と、あの清浄な簾子姫との間に、どんな関係があったのだろう?)
で、伊豆守の口から出る、次の言葉を待ち受けた。
伊豆守はポツポツと云った。
「その際わたくしは簾子姫と、お親しくしたのでございますよ……気高く美しい簾子姫と。……ただそれだけでございます。……さようそれだけではありまするが……簾子姫に対するわたくしの心――尊敬、崇拝、私淑、憧憬――恋! いやいやアッハッハッ……何んの何んの恋などと……で、爾来わたくしの心の中には、その後簾子姫におかせられては、どうしておられるやらと申すことばかりが……それにいたしてもご独身とは……しかも一度もお輿入れないとは……」