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わたしのりれきしょ

私の履歴書

井上 貞治郎

――放浪の末、段ボールを思いつく

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,380 字 · 69 页

青空文庫

そうだ、うどん屋をやめよう。といってそれでは生活できない。そこで私は旅順の谷口組にいる菊本氏に使ってくれるような依頼の手紙を書くことにした。

しかし私には菊本氏の心を動かすほどの文才はない。一策を思いついた私は夜店の古本屋をあさって、五銭で「美文之資料」という豆本を買ってきた。その中の文章でいいところを抜き出して組み合わせ、一大美文を作り上げようというのである。苦心の末完成したのは『いまだ拝眉の光栄を得ざる貴下に……』といった調子のもので、われながらみごとなできであった。案の定、菊本氏からは『やってこい』との短い返事が届いた。

あすは旅順をたつという晩、私は常盤公園のベンチに立って同じうどん屋仲間を集め、別れのあいさつをかねて大演説をぶった。

『諸君よ、すべからく夜の商売はやめるべし。夜の商売にロクなものはないのである。そもそもこの異郷の天地へきて、うどんの屋台をひくとはなんぞや……』

『ヒヤ、ヒヤ!』

『いま、わがはいは、大志を立てて旅順に行かんとす!』

だいぶ「美文之資料」にいかれていたようである。もっとも一つには彼らを勇気づけるために、日ごろの考えをぶったまでであるが、うれしくなるとすぐお調子に乗るのが私の癖らしい。