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わたしのりれきしょ
私の履歴書
井上 貞治郎
――放浪の末、段ボールを思いつく
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,380 字 · 69 页
さすがの谷口組の親分も顔をしかめたが、別に書直せともいわなかった。しかもあとでペンキ屋がごていねいにも、私の字のままに塗ったものだから、文字通り恥の上塗りである。だから私の珍妙な字はかなり長い間、そこにさらし物になっていた。
間もなく、私は二十七歳の正月を菊本氏の家で迎えた。明治四十年のことである。私はふと思いついて牛肉の行商を始め、これが案外当った。そして旅順の八島町にバラックながらも一軒の家を建て、こけおどしにビールの空きびんなどをずらり並べた菊屋洋行という雑貨店を始めたのである。私は大いに気をよくして働き続けたが、独身生活の悲しさ、地味な暮しができず、三、四人の居候をかかえる始末。たちまち酒屋の払いだけでも七十円ばかりためてしまうありさまである。
ちょうどそのころ、満州馬賊はなやかな時分で、私たち若い者は逸見勇彦、橋口勇馬などの豪傑連の話に血をおどらせたものであった。私もその一人。仕入先に借金があるのも『たいしたこたぁない』と笑い飛ばし、居候どもと鉱山師の弟である英組の広沢を引きつれて、金鉱を見つけに満州奥地へ飛び出したのである。
まるでドン・キホーテである。