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ちくはくき

竹柏記

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页

青空文庫

「お手間はとらせない。ほんのちょっとですよ」

孝之助は供の者を見て、先へ帰れ、と云い八束に頷いてみせた。

雨のためだろう、あたりはもう暗くなりかけ、辻通りにある柳並木の枝から、僅かに残っている葉が、しきりと道の上に散っていた禅昌寺橋の通りを、まっすぐにゆき、町家へはいったところを、左に曲った。つき当ると鏡川の岸で、その手前に華やかな一画がある。俗に「洗濯町」と呼ばれているが、ずっと昔そこに城中の御用を受ける、洗濯長屋があったという。むろん真偽のほどはわからないが、のちに遊女屋が出来、料亭が建ち、唄や踊の女師匠(まだ芸妓とはいわなかった)などが住みついてあまり品のよくない花街ができた。

「御身分にかかわりますかね」

孝之助がちょっと躊うのをみて、八束はこう云いながら、手で押しやるような、身振りをした。

「しかし此処も人間の遊ぶところです。いい経験になりますよ」

そして、殆んど引立てないばかりに、横丁へ折れてゆき「かね田」と袖行燈の出た、小さな料亭ふうの家の、門へつれこんだ。

思いきって卑しい、中年の女中が二人、あけすけに猥らなことを云いながら、ぎしぎし軋む、狭い廊下を先に立って、八帖ばかりのうす暗い部屋へ案内した。