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ちくはくき
竹柏記
山本 周五郎
「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页
ふり返ってみたが、笠井鉄馬もそのほかの誰の来るようすもない。孝之助は決心して、かれらのほうへ歩み寄った。
「お一人とは颯爽たるものだな、今日は論判で逃げるわけにはいかないぜ」
「私は下郎などは相手にしない」
孝之助は静かに答えた。
「相手は岡村八束ひとりだ」
彼がそう云ったとたん、「ほざくな」と喚いて、子分の一人が左から、まるで刀を叩きつけるような勢いで、斬り込んで来た。
こんな無法な仕方は予想もしなかった。危うく躱したが、切尖で袖を裂かれた。八束が「やめろ」と叫んだ。同時に右から、木屋徳が突っ込んで来た。孝之助は抜き合せ、足場を広くとろうとして、うしろへとび退った。するともう一人の子分が、右うしろから拳大の石を投げつけた、(力いっぱい投げた)のが、孝之助のぼんのくぼに当った。耳ががんとし、眼が昏んで、前へのめった。
――しまった。
そう思ったが、のめりながら振った刀に、手ごたえがあり、わっという悲鳴が聞えた。
孝之助は横さまに倒れ、草の上で、躯を三転しながら、打込みに備えて、すばやく半身を起こし、刀をとり直した。
「やられた、畜生、やりゃあがった」
極めて不愉快な、しゃがれ声で、そう叫ぶのが聞えた。