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ちくはくき

竹柏記

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页

青空文庫

むしろ、なぜ八束がそんな話をもちだしたか、ということのほうが不審だった。八束もその点に気づいたのだろう。ふと思いだしたように、「実はこんど江戸詰になりましてね」

こう云って苦笑した。

「役目も変るらしいので、これからは幾らかお力にもなれると思うんです。……ずいぶん御迷惑をかけたし、不義理な拝借までしているが、これで私も立ち直れますから、江戸へいったらできるだけ早く、拝借した分も返済しますし、なにかでお役にも立ちたいと思います」

「それはよかった、金のことなどはどっちでもいいが、それは本当によかった」

「そう云って下さるだろうと思っていました」

八束はちょっと、あいまいな微笑をもらした。

「いつか高安さんは、私に期待するというように仰しゃった、たぶん御期待にそむかない程度の人間には、なれるだろうと思います、どうか見ていて下さい、そして必ずなにかでお役に立つ、ということを信じていて下さい」

言葉は謙遜であったが、その態度は少なからず昂然とし、また確信に満ちていた。穿った見かたをすれば、それは八束が孝之助に向って、二人の位置が転倒したという意味を、宣告するようでもあった。