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うつくしいにほんのれきし

美しい日本の歴史

吉川 英治

「週刊文春」1959(昭和34)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,561 字 · 37 页

青空文庫

だから討入り前には相思の女性もあったらしい。

が、その相手は町娘やら許嫁なのやら、誰も薄々だけで、ほんとのとこは、謎だった。――けれどやがて討入り後、細川家に預けられた期間には、みな退屈なので、毎度話題にされ、又之丞はよく人々から、からかわれていた。

そんな時の又之丞は、いつも顔をあからめていたが、翌年、いよいよ切腹の日になって、その数ヵ月浪士たちの世話をして来た細川家の家老堀内伝右衛門は初めて彼の恋の相手を眼に見たのだった。

伝右衛門はその日、長らく馴染みだった浪士たちが、次々に庭上の切腹の座へ呼ばれて、ほぼ十分間に一名ぐらいずつ腹を切ってゆくのを、おそらく目撃しているに耐えなかったものだろう。別室にひかえていて、一人の死が済むと、ただちに、係りの武士の声がまた庭上から、『何々殿、お支度を』と、告げるのをただ肌に粟していた。そして、呼ばれるたびに起って行く次の番の浪士が、そこの控え部屋で衣服をぬぎ、与えられた死装束に着更えてゆく世話などしながら、一人一人の最期のあいさつを受けていた。

彼はそのあとで、その人が脱いで行った小袖や肌着を畳んでは、それに遺書やら遺品も添えて小札を付け、たんねんに紙縒で括っていたのであった。