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うつくしいにほんのれきし
美しい日本の歴史
吉川 英治
「週刊文春」1959(昭和34)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,561 字 · 37 页
ほほ笑ましきスト
それは難しい学名でいえば“写経司ノ解案”と呼ばれる一文である。いうならば、写経生のスト決議文といったような物なのだ。そして、そのストをやった写経生らの指導者こそ、例の大大論のモデルになったような男かとも思われたりして、あの落書き画の人物を見直すと、また一ばい躍如たる者に見えて来て、今日のメーデーの先頭に歩いていても不思議でない気がするのである。
ほほ笑ましきスト
写経生は当時の下級官吏である。官の各省から東大寺へ派遣された者たちだ。尨大な外来経典の写字、校正、装幀、勘出人、などの各課にわかれて、長期な筆耕仕事に一生をつぶしてゆく。
とだけでは、現代の「寺」の観念からちょっと呑みこみ難いが、当時の寺院は、国際文化センターみたいな役割を持っていた。宗教だけでなく、学問、医術、伎楽、散楽、美術工芸、みんな寺院を通って消化され、また寺院へ来て学び取ってゆく。写経所などもつまりこの中の一部局だといってよい。
ところが、一般も低かったろうが、この写経生らの生活はひどいものらしかった。紙、墨、筆などの文房具は官給だが、功賃は出来高支払いの制になっている。(最低保証の定給制もいくらか有ったのかもしれないが)――たとえば、写経一張で銭五文、四十張で布一端、八十張で紲一匹、といった程度。