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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
相手が目に見えぬえたいの知れぬ蟲丈けに、どんな猛獣よりも一層恐ろしく、ゾッとする程不気味に感じられた。
柾木は、焔の見えぬ焼け焦げが、見る見る円周を拡げて行くのを、どうすることも出来ない時の様な、恐怖と焦燥とを覚えた。立っても坐ってもいられない気持だった。と云って、どうすればよいのか、少しも考えが纒まらなんだ。
彼は何の当てもなく、せかせかと梯子段を降りて母屋の方へ行った。婆やが妙な顔をして「ご飯に致しましょうか」と尋ねたが、彼は「いや」と云った丈けで、又蔵の前まで帰って来た。そして、外側から錠前を卸すと、玄関へ走って行って、そこにあった下駄を突かけ、車庫を開いて、自動車を動かす支度を始めた。エンジンが温まると、彼はそのまま運転台に飛乗って、車を門の外へ出し、吾妻橋の方角へ走らせた。賑かな通りへ出ると、その辺に遊んでいた子供達が、運転台の彼を指さして笑っているのに気づいた。彼はギョッとして青くなったが、次の瞬間、彼が和服の寝間着姿のままで車を運転していたことが分った。ナアンダと安心したけれど、そんな際にも、彼は顔を真赤にして、まごつきながら、車の方角を換え始めた。