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くものゆめ
蜘蛛の夢
岡本 綺堂
岡本綺堂『蜘蛛の夢』。同一底本的分册已合并为一书。收入:蜘蛛の夢、穴、有喜世新聞の話、恨みの蠑螺、火薬庫、真鬼偽鬼、慈悲心鳥、女侠伝、廿九日の牡丹餅、放し鰻、馬妖記、平造とお鶴。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,189 字 · 298 页
「なんだか空合いがおかしくなって来たな。」と、四郎兵衛は空を仰ぎながら言った。
「そうねえ。」と、お杉も覚束なそうに空をみあげた。「渡しへかかったころに降り出されると困るねえ。」
「このごろの天気癖で、時どきに曇りますが、降るほどの事もございますまい。」と、茶屋の女房は言った。
「きのう江戸を出るときはいい天気で、道中はもう暑かろうなどと言っていたのだが、けさは曇って薄ら寒い。」と、義助は草鞋の緒をむすび直しながら言った。
こんな問答をぬすみ聞くように、さっきからこの店を覗いている一人の女があった。女は隣りの休み茶屋の前に立って、往来の客を呼んでいたのであるが、四郎兵衛らが駕籠をおろして隣りの店へはいるのを見ると、俄かに顔の色を変えた。かれは年のころ二十二、三の、目鼻立ちの涼しい女で、土地の者ではないらしい風俗であった。
四郎兵衛の一行は茶代を置いて店を出た。供の義助は徒歩で、四郎兵衛とお杉が駕籠に乗ろうとする時、隣りの店の女はつかつかと寄って来て、今や駕籠に半身入れかかった四郎兵衛の胸ぐらをとった。
「畜生、人でなし……。」
かれは激しく罵りながら力まかせに小突きまわすと、四郎兵衛はからだを支えかねて、乗りかけた駕籠からころげ落ちた。