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くものゆめ
蜘蛛の夢
岡本 綺堂
岡本綺堂『蜘蛛の夢』。同一底本的分册已合并为一书。收入:蜘蛛の夢、穴、有喜世新聞の話、恨みの蠑螺、火薬庫、真鬼偽鬼、慈悲心鳥、女侠伝、廿九日の牡丹餅、放し鰻、馬妖記、平造とお鶴。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,189 字 · 298 页
平造とお鶴
N君は語る。
明治四年の冬ごろから深川富岡門前の裏長屋にひとつの問題が起った。それは去年の春から長屋の一軒を借りて、ほとんど居喰い同様に暮らしていた親子の女が、表通りの小さい荒物屋の店をゆずり受けて、自分たちが商売をはじめることになったというのである。
母はおすまといって、四十歳前後である。娘はお鶴といって、十八、九である。その人柄や言葉づかいや、すべての事から想像して、かれらがここらの裏家に住むべく育てられた人たちでないことは誰にも覚られた。
「あれでも士族さんだよ。」と近所の者はささやいていた。
かれらは自分たちの素姓をつつんで洩らさなかったが、この時代にはこういう人びとの姿が到るところに見いだされて、零落した士族――それは誰の胸にも浮かぶことであった。女ふたりが幾ら約しく暮らしていても、居喰いでは長く続こう筈もない。今のうちに早く相当の婿でも取るか、娘の容貌のいいのを幸いに相当の旦那でも見つけるか、なんとかしたらよかろうにと、蔭では余計な気を揉むものがあったが、痩せても枯れても相手が士族さんであるから、うかつなことも言われないという遠慮もあって、周囲の人たちも唯いたずらにかれらの運命を眺めているばかりであった。