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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

吉川英治『鳴門秘帖(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 页

青空文庫

これほどあきらかな、危ない気運が芽ざしつつあるのに、何という江戸城ののんきさだ。前将軍家重の遊惰なこと。今の十代家治の悠々逸楽。

義伝毒害の宿怨を忘れぬ阿波や、塩を舐めて皇学を起さんとしつつある公卿とは、その意気なり境遇なりが、あまりに雲泥な相違である。

しかし、弦之丞一箇の立場はまた別だ。

幕府が危ないと感じたら、未然に救うのが彼の立場だった。

あぶないのは江戸城のみか、恋人お千絵様の前途はなお暗い――。その禍いは、彼女の父世阿弥が、阿波に入って帰らぬことが第一の原因だ。

おお! 甲賀世阿弥といえば。

ことによると彼はまだ生きている。いや! きっと生きているに違いない。

どこに? それは剣山の間者牢だ。彼は囚われて十年の月日を、おそらく間者牢の中に送っているだろう。

もはや、疑うべきもないことだ。今も、阿波守自身が、菊の間で話していたではないか。

「――で、囚えた隠密は必ず、剣山の山牢へ送って、終身封じこめるのが掟でござる」と。

彼は、心の奥で叫んだ。

「今夜の忍びはムダでなかった!」

そこで、書院窓の明りを避けて、ソロ……と四、五尺身を退いた。