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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

吉川英治『鳴門秘帖(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 页

青空文庫

をたぐって、自分へ届けてきた男の眼力がなんとなくもの凄い。

だがまた、女中の言伝によると、その男は、別に悪意を持っている様子もない――いや、悪意どころか、陰に何かを感謝している口ぶりであったという。

「じゃ、べつに、もう御用はございませんか」女中が立ちかけると、今度はお綱が問いかけた。

「あの……妙なことを聞くようだけれど、この辺に、虚無僧寺がありますか」

「虚無僧寺? ……さアよく存じませんが」

「では昨夜、雨の小やみな時に、時々一節切の音がしていたようだけれど、あれはどこで吹いていたのだろうね」

「一節切と申しますと、あの尺八でございますか」

「まア同じようなもの、何か心当りがありませんか」

「そういえばこの間うちから、関のお山の麓にある時雨堂で、誰か時折吹いているようでございます」

「関の麓の時雨堂? ……ああ、そうですか、ありがとう……」と、女中が立った後でお綱は黙って眼を閉じた。――ゆうべの雨の絶えだえに聞いた、あの一節切の遠音を、ふたたび耳の底に聞くように。

「ウウム、ウウッ……」不意に寝床の上の孫兵衛が身を動かした。とたんに、お綱はスッと立って、背なかを壁に貼りつけたまま、その蒼白い寝顔と寝息をうかがっている……。