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う

鵜

山本 周五郎

「講談倶楽部」博文館、1954(昭和29)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,733 字 · 38 页

青空文庫

「そうみえるだけよ」納戸からさだが云った、「本当のことを知らないから、あなたにはそうみえるのよ」

「私だけじゃない、父を知っている者は誰でもそう云っている、まえの母に死なれてから、父はすっかり老いこんでいた」と小五郎は云った、「老いこんでいたときの父といまの父とでは、まるで人が違ったようだと誰でも云っている、それが嘘でないことは貴女にもわかる筈だ、そしてそれはみんな貴女のためなんだ、三十も年の違う貴女がいてくれるからだ」

納戸で帯をしめる音がした。きゅっきゅっという帯をしめる音が、まるで彼女の返辞の代りのように聞えた。

「こういう父を置いて出てはゆけない、そんなことが人間にできる筈はない、それは自分がいちばんよく知っている筈だ」

「わたくし出てゆきます」さだが云った、「わたくしこのまま実家へ帰ります」

彼女がぬいだ物を片づける音がし、箪笥を閉める音がした。

「あの父を置いてか、あんなに貴女を愛している父を、――」と小五郎が云った、「父がどんなになるかわかってもか」

さだが納戸から出て来た。

「父は、父が、父を」とさだは云った、「あなたはお父さまのことばかり仰しゃるけれど、本当にお父さまのためを思うなら、わたくしが出てゆくのをよろこんであげなければならない筈よ」