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あだこ

あだこ

山本 周五郎

「小説倶楽部」1958(昭和33)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,762 字 · 46 页

青空文庫

とあだこは針を動かしながら云った、「でもわたくしには、帰るうちがないんですの」

半三郎は少しまをおいて訊いた。「両親やきょうだいはいないのか」

「おります」とあだこは低い声で答えた、「父も母もいますし、弟が二人あります、けれどもいまの父が継で、あたしがいてはうちがまるくいかないんです」

「それで、江戸へ出て来たのか」

「弟たちは男だから心配ありません、上が十七、下も十五になりますから」とあだこは云った、「それに弟たちはなんでもないんです、うちがうまくいかないのはあたしだけのことなんです」

半三郎はさりげなく訊いた、「継の父と気が合わなかったんだな」

「そう云えばいちばん無事なんです」

あだこの手が動かなくなった。半三郎が見ると、あだこの唇がふるえ、眼にいっぱい涙が溜まっていた。

「あたしも云ってしまいます」とあだこは衝動的に云った、「叔父は、継の父は、亡くなった父のおんちゃ、父の弟で、母より年が七つも下でした、叔父は温和しい、いい人ですし、あたしも弟たちも好きでした、お庭番の仕事もよくできるし、本当に静かないい人だったんですけれど、母は七つも年上ですし、勝ち気な性分だもんですから」