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あだこ

あだこ

山本 周五郎

「小説倶楽部」1958(昭和33)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,762 字 · 46 页

青空文庫

二

骨になった魚の皿、甘煮の鉢、空になった汁椀や八寸など、飲みちらし、喰べちらしたあとが、いかにもさむざむとした感じにみえる。半三郎は手酌で飲み、十兵衛はそれを睨みつけていた。

「それは人によるね」と半三郎がゆっくりと云った、「他の千万人にとっては些細なことでも、或る一人にとっては一生を左右するような場合がある」

「たかが女一人のことでもか」

「人にちょっとからかわれてもだ」と半三郎は低い声で云った。「藤井又五郎はちょっとからかわれただけで沼田内記を斬り、切腹のうえ家名断絶になった。ばかなやつだ、あのときおれたちは彼をばかなやつだと云った。しかしおれはいま、そうは思わない、あれは藤井にとってそれだけの価があったんだ、藤井にとってはね」

「この場合もそう思えと云うのか」

半三郎はゆっくりと首を振った、「おれに肚を立てたり、殴ったりするのはよせということさ、一杯つきあわないか」

十兵衛は黙って立ちあがった。

二

半三郎は寝ころんでいた。

「十一月か」と彼は呟いた、「あれから百五十日も経ったんだな、うん、あのときは饒舌りすぎた、まだ洒落っけがあったんだ、どうして十兵衛に云うだけ云わせておかなかったのかな、云っても云わなくても同じことじゃないか、ばかな話だ」