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つばくろ

つばくろ

山本 周五郎

「講談倶楽部 秋の大増刊」大日本雄弁会講談社、1950(昭和25)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,987 字 · 44 页

青空文庫

苦しめた。

「もっと愛さなければいけなかった、もっと愛情と劬わりがなければいけなかった」

彼はときどきそのように独り呟やいた。

「そうすれば、あの男に会っても、あんなに気持を動かされはしなかったかもしれない、……おいちの心を、おれの愛と劬わりでいっぱいにしていたとしたら、……悪いのはおれだ、おれは盲人で馬鹿だった」

しばしば彼は夜半に起きて、暗い庭の内を歩きまわったり、腰掛に倚って、なにを思うともなくじっと動かずに、ながい時間を過したりした。

雨のない暑い夏が過ぎていった。

或日の午後。大助の部屋を覗くと、勝江といっしょに午睡をしていた。勝江は上半身を大助のほうへ向け、下半身を仰向けにしていた。裾が乱れて、水色のふたのの絡まった太腿が、あらわに見えた。逞ましいくらい成熟した、こりこりと張切った豊かな腿であった、けれども膚の色は驚くほど黒かった。

高雄はすぐに眼をそらしてそこを去った。いま見たものは少しも彼を唆らなかったが、その印象は新らしい苦痛を与えた。いくらか野蛮な勝江の太腿は、まったく違うおいちの躯の記憶をよびさました。

――おいちの肌はもっと美しかった。