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みょうじのはなし
名字の話
柳田 国男
「斯民家庭 第二編第七号、第九号、第一〇号、第一一号」報徳会、1911(明治44)年7月1日、9月1日、10月1日、11月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,823 字 · 46 页
、さらに山一つ越えて松田に住んで松田家を作り、さらにその西の河村を開墾して河村家を作ったのであります。河村はいま山北の停車場のある処で、その屋敷のあった河村山の北であったがゆえに、山北というのであります。私の家の系図は虚か真か受け合われませぬが、この河村からまた別れたとありまして、今日大磯と二宮との中間にある「国府本郷」、すなわち旧地方庁所在地の氏神が柳田神社というのを見ると、あるいはあの辺に猫の額ほどの名田でもあったのではないかと思って、いつも汽車であの辺を通ることであります。煩わしいからたくさんの例は挙げませぬが、これらの一族が事あれば合体して進退を共にすること、たとえば鎌倉北条時代の和田の乱・三浦の乱に、数百の名字の人間が一時に腹を切ったのを見てもわかるごとく、名字の分立ということはどこまでも家の統一には害がなかったのであります。しかもいわゆる御先祖になるということは、初めて新しい家号を名字の頭にくっつけるということで、京都で出世のできない地方の荒武者どもにとってはこの数を殖やして行くということがむしろ唯一の誇りであったのであります。この状態は私の考えでは、ほぼ吉野朝廷の時代まで続いたのでありまして、その前後から大分形勢が変って、近代的の傾きがあらわれ初めたのであります。