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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
文代さんが、賊のポケットの、麻酔薬をしませた白布を、水にぬれたハンカチと、すり換えて置いたことは、前に記した。賊は激情の余り、少しもそれに気づかず、文代さんが麻酔したものと思い込み、意識を失った彼女を桜姫の人形に仕立てるという、気違いめいたトリックを思いついたのだ。
そして、自分も清玄人形になりすます為に、例の鏡の前の箱の中へ這入っている間に、その実正気の文代さんは、そっと桜姫の体内を抜け出し、近くの舞台に飾ってあったダンス人形を運んで来て、自分の洋服を着せ、桜姫の鬘を冠らせ、菊の衣の中へ埋めて、我が身替をさせたのだ。箱の中で、清玄の役を勤めていた賊は、まさかそんなことが起ろうとは、夢にも思わず、少しもそれを気附かないでいた。
文代さんは女探偵だ。そのまま逃出すようなことはせぬ。遼陽大会戦の舞台へ走って、一人の士官人形を岩のうしろに隠し、その外套を剥いで、女士官になりすまし、清玄庵室の前の、老杉の木立に身を潜めて、賊を監視していたのだ。
そこへ明智と小林少年がやって来て、ピストル騒ぎ、賊の逃走となったのだが、賊は折角我物とした文代さんを、そのままにして逃げ去るに忍びず、桜姫の人形を、それがやっぱり人形に変っているとは知らず、小脇に抱えて走った。