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きゅうけつき

吸血鬼

江戸川 乱歩

「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页

青空文庫

ランチには、最初から畑柳家の事件に関係した、警視庁の名探偵、恒川警部が、指揮官として同乗していた。

この肝要の場合、我が明智小五郎の姿が、追手の中に見えぬのは、甚だ物足りぬ感じだが、彼は屋上の活劇に痛手を負い、丁度その頃は、アパートのベッドで、発熱の為にしん吟していたのだから、是非もない。

その代りには、恒川名探偵がいる。数々の犯罪事件において示した、彼の天才的手腕は、世に隠れもないところだ。しかも、敵は今、憐れにも浮力を失った気球を唯一のたよりに、孤立無援、何の隠れ場所もない、海上を吹き流されている。恒川警部をわずらわすまでもなく、この捕物は、赤子の手をねじるよりもたやすいことだ。

ランチは、月島を離れて、大海に乗り出した。見ると、賊の気球は、五六丁向うの海上を、波立つ水面とすれすれに危くも飛びつづけている。

「オイ、君あの風船に乗っている奴が、いつの間にか、人形に変っているのじゃあるまいね」

恒川警部が、傍らの一刑事を顧みて、突飛なことをいった。あの怪賊がこんなに易々とつかまるのは、どうも変だという気がしたのだ。人形使いの魔術には、こりごりしていたからだ。