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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
でなければ、賊の方から飛込んで行く筈がないではないか。
「ア、いけない。早く、早く」
警官達は走るランチの上で、じだんだを踏む。
だが、あれは何だ? 同類なれば、なにもあんなに、とっ組み合うことはない筈だ。
賊はボートに飛び移ったかと思うと、いきなり運転席の洋服男につかみかかって行った。こちらも負けてはいなかった。立上ると、これを迎えて、たちまち、小舟の上の烈しい格闘となった。
ブランコの様に揺れ漂う、狭い舟の中の、奇怪な立廻り。つかみ合うのは、双方とも黒い洋服姿。こちらからは、どれが賊とも味方とも、ハッキリ見分けがつかぬ丈けに、猶更ハラハラさせられる。
警察ランチとても、並々ならぬ速力だ。見る見る、現場へ接近して行く。だが、ボートの中の格闘は、それよりも早く、アッと思う間に、かたづいてしまった。
一方が打倒されて、舟の底に見えなくなったかと思うと、勝った奴が、いきなり運転席にしゃがみ込んで、ボートを操縦し始めた。
勝ったのは賊に極っている。一人と一人で、あの怪物を取りひしぐ程の勇者があろうとは思われぬ。悪運強き怪賊は、追手の舟を逆用して、あの恐ろしい速力で、逃げ去ろうとしているのだ。