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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
しばらくの間、恐ろしい火葬の炉のことも、窮屈な棺桶のことも、迫って来る「死」のことも、みんなどこかへ消え去って、母も子も、春の様になごやかな、夢見心地にひたっていた。
しかし、そんなことが長く続く筈はない。やがて、二人ともまた恐ろしい現実に引戻され、前に倍する苦痛と恐怖にさいなまれなければならなかった。
棺の中まで感じられる、冷々とした夜気、もう夜も更けたことであろう。それにしても、三谷さんは、一体全体、どこにどうしていらっしゃるのだろう。こんなことになろうとは、あの人とても、思いもよらぬ所であろう。定めし今頃は、イライラしながら、私達のことを案じていらっしゃるに相違ない。
それとも、もしや、あの人は今、私達を助けるために、この火葬場へ自動車を飛ばしているのではあるまいか。と思うと、どこか遠くの遠くの方から、エンジンの響が聞こえて来る様な気もするのだ。
「坊や、ホラ聞いてごらんなさい。自動車の音が聞こえるでしょう。あの自動車にね、三谷さんが乗っていらっしゃるのよ」
倭文子は幻聴を信じて、気違いめいたことを口走り、なおも耳をすました。
聞こえる、聞こえる。