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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
兄は一人ぼっちで、治療をする費用もなく、慰めてくれる友達もなく、垢づいた煎餅ぶとんにくるまって、死にかけていました。……
倭文子に殺されたのです。あの時の倭文子のやり方が、どんなに残酷なものであったか。兄の失恋がどれ程みじめなものであったか。口ではいえません……
兄はあかだらけの、ひげむしゃの、青ざめ衰えた、失恋の鬼と変り果てていました。兄は床から起き上る力もなく、ボロボロと涙をこぼして、両手で空をつかむ様にして、泣き叫ぶのです。――おれはくやしい。あいつを、倭文子を、殺しに行く体力がないのがくやしい。あいつは、貧乏な上に病気にとりつかれたみじめなおれにあいそをつかして、畑柳という大金持の女房になってしまった。それだけならいいのだ。一番くやしいのは、そんな女を、わしを踏みにじって行った女を、おれは、おれは、この三年というもの、思いつづけて、とうとうこんなになってしまったことだ。……そういって兄は泣くのです。……
倭文子は、兄の一生涯でたった一人の、世界中のどんな宝にも換難い恋人でした。その恋人が、まるで古草履でも捨てるように、兄をふり捨てて、つばをはきかけて、相手もあろうに、二十も年上の、醜男の、詐欺師に、みずから進んでとついで行ったのです。