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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
彼はそこから、恒川氏の電話を聞いて、最早やのがれられぬ運命と、観念したのであろう。可哀相に武器もない彼は、小さな懐中ナイフを心臓部に突き立てて、ほとんど絶命していた。執念の復讐は為し遂げた。死んでも惜くない命だ。
人々は谷山を椅子の中から引き出して、倭文子の死骸のそばに横たえた。
美しい男、美しい女、彼等はかつて恋人同志であった。そして実は討つものと討たれるものであった。それが双方ともほとんど同時に去って行くのだ。
「谷山、僕だ、恒川だ。分るか。いいのこすことはないか」
警部は、瀕死の谷山に、慈悲の言葉をかけた。
谷山はかたくとじていた両眼を、僅かに開いて、恒川氏の顔を見た。それから、かすかに頭を動かして、隣に横たわっている倭文子の死骸を眺めた。
彼は一言もいわなかった。ただ最後の力をふりしぼって、血の気の失せた手を、倭文子の方へのばした。
その手先が、まるで虫のはう様に、少しずつ、少しずつ、にじり寄って、とうとう倭文子のつめたい左手にさわった。
アア、何という執念だ。復讐鬼は、瀕死の際に、敵の死骸につかみかかろうとしているのか。
イヤ、そうではない。