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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
更に奇怪中の奇怪事は、書斎に打倒れていた、血みどろの小川の死体が、何ぜ、誰によって、どこへ、運び出されてしまったのか。
恒川氏は、唇のない男が、この小川の下手人であって、彼奴が書斎から死骸を運び出し、どこかへ隠したのだと考えたが、なるほど妖術家の彼奴なら、この不可思議を為しとげ得たかも知れぬのだ。だが、その死体をどこへ隠してしまったのか。彼奴が畑柳家の塀を越して逃げ出す時には、全く単身であった。すると、死骸は邸内のどこかに隠してなければならぬ筈なのに、あのときあとに残った、麹町の司法主任が、屋内屋外、一寸角も余さず、検べ廻ったにもかかわらず、死骸は勿論、何の手掛りらしいものさえ、発見出来なかったのは、実に不思議といわねばならぬ。
それはさて置き、恒川警部の努力によって、畑柳倭文子と茂少年を、無事取戻すことが出来たのは、何よりの仕合せであった。
邸に帰ると、茂少年は、恐怖と疲労の為に、発熱して床につく、倭文子も唇のない男の、何ともいえぬいやらしい姿、ヌルヌルした歯ぐきの感触が忘れられず、恥かしさ、腹立たしさに、二三日の間は、一間にとじこもったまま、ほとんど誰にも顔を合わせなかった。