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わし
和紙
東野辺 薫
「東北文學」1943(昭和18)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,557 字 · 70 页
漉くばかりに整えた一号品障子紙の材料が、まだ四槽分ぐらい残っていた。気にはかかりながらもあわただしさにかまけていたのが、いよいよとなればやはり断ち難い心残りになってきた。んだで、あれだけはきめてしまうべかなと友太が言うのを、なにもかもきまりをつけて行きたい気持はわかるとして、明日の今夜を何も漉き方に過ごすには及ぶまいにと、わきで聞いていたよしは、何となく執着のあさましさに思いなした。
壮行の晩餐とは言いながら、旦那と分会長に来てもらっただけのつつましい会食を終えると、友太は漉屋に入って行った。そのままにして置いてお母さに漉かせろやと母が言うのへ、わざと、一号品だでお母さにはどうもと答えると、言ったな兄ちゃ、覚えてろやとおときも笑った。
二十ワットの電燈をひねって、うそ寒く浮き出た小屋のうちを、友太はしみじみと見廻した。この二三日嗅がなかった漉汁のにおいが、驚くばかりの新鮮さで鼻をついてきた。気がついて、身をかがめながら瞳を凝らすと、灰色に澱んだ槽の中に、蚊よりもやや大きな羽虫が二三匹浮いている。こんな羽虫が槽に落ちるのは、もう間もなく漉納めの八十八夜が来る証拠であった。