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よるのこうず

夜の構図

織田 作之助

「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页

青空文庫

冴子はさっきから信吉の方を見ていたらしい。

「こっちへいらっしゃいません?」

冴子の眼はふと信吉を誘っていた。

「奥役と喧嘩して帰ってしまえば、もうあの女優と話す機会もなくなってしまう」

信吉はふとそう思った。

「喧嘩はあと廻しだ」

信吉は冴子の方へ寄って行った。

端の椅子に掛けていた冴子は、にっことして一椅子横へ移った。

舞台では主役の女優が、

「そんな恥かしいこと言っちゃいや。あたし逃げ出したくなるわ」

と、信吉が書きもしなかった歯の浮くような甘い科白を言っていた。

「逃げ出したいのはこっちの方だよ」

信吉はそう言いながら、冴子があけてくれた椅子へ、並んで坐った。その意味がわかったのか、冴子は微笑して、

「随分びっくりなさったでしょう。こんな場面がはいっちゃって……実際ひどいわ」

「上演をやめて貰いたいくらいですよ。――でもまア、新米らしく大人しく黙っているか。どうせ商業劇団に書いたのがそもそもいけなかったんですよ」

「田村先生も同情してらっしたわ。折角の作者のデヴュに気の毒だって」

田村先生とは演出家の田村礼介のことである。田村はもと左翼劇団の演出家であり戯曲のほかに小説も書き、劇壇より文壇で有名であったが、思想運動の嫌疑で検挙され、保釈出獄以来執筆は許されず、匿名で「演劇集団」