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よるのこうず
夜の構図
織田 作之助
「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页
「どうでした……? 明日はもっと巧くやりますよ」
と、信吉に話しかけた。
「いや、結構でした、明日がたのしみです」
信吉はいい加減に返答しながら、挨拶もせずに楽屋へ引きあげて行った冴子の後ろ姿を見送っていた。
演出家の田村は稽古をそんなに早く仕上げてしまった自分に、さすがに照れているのか、信吉と眼が合うと、ふと苦笑した。信吉は田村が脚本の改訂のことで自分に同情していたという冴子の言葉を想いだして寄って行った。ところが、田村は台本を鞄の中へ入れると、
「じゃ――。お疲れさま」
それだけ言って、女房の産が近づいた人のようにさっさと帰って行った。信吉はすかされた気持だったが、憤慨はしなかった。一緒に帰ろうなどと言われなかったのが、かえってもっけの倖いだと思った。
信吉は舞台へ上って煙草を吸った。俳優のいない舞台は、ペンキの匂いがまるで自作の亡骸の匂いのようであった。見物のいない客席は夜の火葬場のようにひっそりとしていた。そして、舞台の上の信吉は火葬人夫のように冷酷な顔であった。
この冷酷な顔は一体何であろう。
信吉は冴子が楽屋へ戻って、ドーランを落して、衣裳を着変えて、楽屋の裏口へ出て来るまでの時間を、計算しているのだった。