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よるのこうず
夜の構図
織田 作之助
「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页
時間をきいたのは、必要があってきいたのではない。冴子が約束どおり来たということ、そして、ロビイに信吉が見当らぬので、受付へ立寄って、わざわざ部屋へ電話を掛けさせたことが、信吉には何かうれしかったのだ。だから「すぐロビイへ行きます」といそいそと言おうとしたが、何か照れた。きかなくてもいい時間をきいたのである。いわば、よろこびのリズムを中断させるような、科白を※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)入したというわけだった。厄介な男だ。
顔を洗って、あわててエレヴェーターに乗り、受付へ行ったが、冴子はそこにはいなかった。
「須賀さんでいらっしゃいますか」
と、受付の女が声を掛けた。その声に聴き覚えがある。電話の声だ。眼元のぱっちりした色の白い娘だった。あ、こんな清潔な娘が受付にいたのかと信吉は眼を見はった。
「はあ」
「御面会の方は、喫茶室にいらっしゃいます」
「ありがとう」
「いいえ」
ちらと、受付の女と視線が合った。
信吉はふっと、しびれるような、なつかしさを感じた――と言ったら、読者は驚くだろうか。
顔を見るまでに、電話の声をきいていた――ということが、こんなになつかしい想いをさせるのだろうか。