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よるのこうず
夜の構図
織田 作之助
「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页
信吉はあわてて欠伸をした。
犬も欠伸をする。まして人間が欠伸をしたからとて、不思議ではない。が犬には信吉のような欠伸は出来ないだろう。だからといって、信吉の欠伸が高級な欠伸だというわけではないが、すくなくとも、念が入っている。
情熱はないが、しかし信吉は非常に退屈しているわけではなかった。だから、信吉の欠伸には気取っている状態へ、塗りつけたいやらしい絵具のような不自然さがあった。生理的ではなかった。ところが、途中で、昨夜の寝不足が自然に出て来た。そして、本格的な欠伸へ生理的に移りかけた時、信吉は満員の喫茶室の中で見知らぬ男と話している冴子を見つけた。信吉の欠伸は途端に停りそうになった。情熱が起ったのだ。――情熱――嫉妬だ! これは思いがけないことだ。信吉はこれまでこの子のことで嫉妬を感じたことはなかった。ところが今……。嫉妬は惚れていなくても、感ずるものかも知れない。例えば自尊心が嫉妬を呼び起す。しかし、嫉妬が起れば、人はもう惚れていないものをも、惚れていると思い込んでしまう。それほど激しい情熱だ。人間のもっている情熱の中で一番激しいものかも知れない。