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しっちょうき

失蝶記

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页

青空文庫

だが私には聞えません、私は彼の肩を掴み、天を見あげながら叫びました。

「私の七生を賭けます、もし神仏がおわすなら、一と言だけでいい、杉永の云うことを聞かせて下さい」

だが皮肉なことに私の刀はあやまたず、充分に深く急所に達してい、杉永はそのまま絶息しました。私は彼を抱きしめて泣き、謝罪をしました。少年時代からのたった一人の友、もっとも信じあった友を、こんなふうに自分の手で殺した。耳さえ不自由でなかったら、――この気持はあなたにもわかっていただけると思う、私はすっかりわれを失い、絶息した彼を抱いたまま泣き続けました。

しかし長い時間ではなかった。ふと気がついて振返ると、西山のほうから提灯が五つ六つ、こちらへ向って走って来るのが見えたのです。梓久也なら一人の筈ですが、提灯の数から察するとかなりな人数らしい。ここで捕えられてはならない、そう思ったので、杉永の死躰に別れを云い、刀を拾い草履を捜して、泣きながらそこを逃げ去りました。

――どういう手違いだろう。

闇の中を走りながら考えました。考えるまでもなく、梓久也の裏切りだということは、初めからのことを思い合せればすぐにわかる筈です。