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しっちょうき

失蝶記

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页

青空文庫

八

憎むとすれば梓その者ではなく、梓を動かした「佐幕」という観念だ。梓などは問題ではない、藩の大勢を王政復古にもってゆくことが第一だ。杉永にとってもそれが本望に違いない、と思ったのです。――これで私の手記は終ります、ここにはあったことのすべてを、できる限りあったまま記しました。幸いにしてお手許へ届いたとき、お読みになったあとでなお、私を杉永の仇だと思われるかどうか、めめしいようだが、それをうかがえればと願わずにはいられません。

八

かれらの来たとき、おすえは煮物をしていた。油で菜をいため、干した河鯊をちぎって入れ、水と少量の砂糖と醤油で味付けをしてから、鍋に蓋をし、焚木のぐあいをみた。そこへ、あけてあった勝手口から、二人の侍がはいって来て、おすえを左右からはさんだ。

「騒ぐな」と侍の一人が云った、「黙っておれの云うとおりにしろ」

おすえはその侍を見た。

「おまえには関係のないことだ」とその若侍は云った、「なにもなかったつもりで煮物を続けろ、いいか、騒ぐんじゃないぞ」

おすえは口をあけ、なにか云おうとしたが、言葉にはならなかった。侍の一人は土間を表のほうへゆき、表の戸口からまた三人はいって来た。