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しっちょうき

失蝶記

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页

青空文庫

三

そう云って吉川も刀を抜いた。

「だめか、私の云うことは、聞けないのか」主計は吉川を見、かず子を見た、「どうしてもだめなのか、どうしても」

紺野かず子が前へ出た。

「お父っさん」とおすえが絶叫した。

「動くな」と吉川がおすえに刀を向けた。

そのとき主計が吉川へ抜き打ちをかけた。かず子が踏みこんで来、吉川は大きくうしろへとびしさった。主計はかこい小屋の戸口へ引くとみえたが、そのまま板壁を背中で擦るようにして、小屋のうしろへ廻りこんだ。

「こっちは引受けた」と吉川が喚いた、「そっちを塞げ、紺野さん」

喚きながら、吉川は小屋の反対側へまわり、かず子は主計のあとを追った。茂七と下僕も、提灯をかざして走ってゆき、おすえは家のほうへではなく、小屋の背後にある丘の松林の中へ駆け登っていった。

三

紺野かず子さま。

あの夜からちょうど十二日経ち、どうやら気持もしずまってきました。あの夜のことはまったく思いがけなかったし、心外で、くちおしくてならなかった。吉川十兵衛は杉永や私たちの同志です、あなたが誤解されるのはやむを得ないとしても、彼が事情を察しようとしないのはなさけなかった。