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しっちょうき

失蝶記

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页

青空文庫

四

「万一のことを思うから祝言をする気になれないんだ、おれは家名のためにかず子の一生を奪おうとは思わない」

「祝言をしろよ」と私は云いました、「上方へゆくことは賛成できない」

「どうしてだ」杉永は眼を細めました。

「攘夷論は民心を統一する手段の一つだ、これはまえにも繰り返し云ってある、攘夷という名目は、それに対立するこの国、日本と日本人ぜんたいの存在をはっきりさせる、これまでかつて持ったことのない、共通の国民意識というものがそこから初めて生れるだろうし、すでに生れていると云ってもいいだろう、したがって王政復古が実現すれば攘夷論は撤回されなければ、杉永の云うとおりこの国は亡びるかもしれない、そのくらいの見識を持たない人間はないと思う」

われわれにとって当面の問題は、藩論を王政復古へ纒めることだ。というようなことを話しあいました。話の内容はともかく、こんなに諄く記したのは、それが杉永と話しあい、彼の声を聞いた最後だったからです。私たちはそれから磯部へでかけました。

四

その場所は磯部から北へ、十町ばかりいった砂丘の下で、集まった者は十一人。私と杉永、吉川、梓、田上らはご存じでしょう。