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ぞくほうしこう

差別の根源を考える

喜田 貞吉

喜田貞吉『差別の根源を考える』。同一底本的分册已合并为一书。收入:俗法師考、融和促進、融和問題に関する歴史的考察。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,985 字 · 289 页

青空文庫

清水坂の非人は大和・若狭・近江あたりにまで連絡を保っておった。彼らは単に社寺にのみ隷属する神賤寺賤の類でなく、鎌倉時代においてはかなり活動の範囲を広くしておったのである。そして遠く紀伊境の真土宿をまでも、その配下に属せしむべく試みたものであった。彼らはいずれも法師と呼ばれ、しかも家に妻子を蓄えておった。余輩のいわゆる俗法師の徒であることは言うまでもない。すなわちいわゆる声聞師であったのである。彼らの中には阿弥陀法師だの、法仏法師だのというのもあったが、多くは国名を称しておった。寛元の二文書にみえるところ、摂津・伊賀・近江・若狭・越前・播磨・備中・淡路・土佐などがみえている。ほかに吉野法師というのもある。これらはいずれもある資格を有するものらしく、このほかに小法師原・若小法師原などという名称もみえている。この小法師の称は、徳川時代を通じて禁裏のお庭掃除のお役をつとめたエタの小法師と関係のあるものと認められる。またその国名を称えたについては、もとは形を沙門に託して浮浪漂泊した徒輩の集まりで、その生国を名に呼んだのであったであろうが、少くとも鎌倉時代になっては、必ずしもそうではなかった。