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おそろしきつや
恐しき通夜
海野 十三
「新青年」1931(昭和6)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,092 字 · 30 页
そのために、当時、鮎川紅子と名乗っていた彼女は、愛の殿堂にまつりあげておいた婚約者の竹花中尉を、永遠に喪ってしまったのだった。
いわば、今宵の良人射殺事件は、あたかも竹花中尉の敵打ちをしたようなものだった。この隠れた事実を、紅子が知ったのは、極く最近のことで、それを教えたのは、炯眼きまわる大蘆原軍医だった。今夜の紅子の登場も、無論、軍医の書いたプログラムの一つだった。
ここへ来て、この軍医を賞讃する前に、読者諸君は、すこし考えてみなければならない。それは、いくら愛する妹の復讐とは云え、彼女の産みおとしたものを、人間に喰わせるという手段が、人道上許されるものであろうかどうか。奇怪にも友人の細君だった婦人を、狎れ狎れしく、かき抱いてゆく大蘆原軍医は、誰よりも一番恐ろしい、鬼か魔かというべき人物ではあるまいか。
それはそれとして、二人の姿が、戸外の闇に紛れて、見えなくなった丁度その時、血みどろに染った二つの死骸が転っている実験室では、真夜中の十二時を報ずる柱時計が、ボーン、ボーンと、無気味な音をたてて、鳴り始めたのだった。