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あくまのもんしょう
悪魔の紋章
江戸川 乱歩
「日の出」新潮社、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 151,280 字 · 301 页
アア、その時の彼女の驚きと恐れがどれ程であったか、想像するさえ身の毛もよだつ程ではありませんか。
彼女はもう絶対に殺人の嫌疑を免れることは出来ないと信じ込んでしまったのに違いありません。そこで、呪わしい指を切断して隅田川に捨てるようなことにもなり、転宅と見せかけて屋根裏に潜み、捜査の手がゆるんでから、どこかへ逃亡しようと企らむにも至ったのです。まるで犯罪者のような奇矯な行動ではありましたが、相談相手とてもない、独り身の女としては、恐ろしさに気も顛倒して、そんな気違いめいた考えになったのも、少しも無理とは思われません。
しかし、彼女はそうして、結局真犯人の思う壺にはまったのです。それ程彼女を苦しめたというだけでも、犯人の目的は半ば達せられたのですが、彼は更にこの哀れな女をあくまで追いつめて、無残にも刺し殺してしまいました。そして、自殺のように見せかけて、何喰わぬ顔をしていたのです。
イヤ、それだけではありません。犯人の悪企みには殆んど奥底がないのです。皆さんは北園竜子の召使の老婆の証言によって、竜子がどこの誰とも知れぬ四十歳余りの男と、ひそかに逢曳を続けていたことを御存知でしょう。