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あくまのもんしょう
悪魔の紋章
江戸川 乱歩
「日の出」新潮社、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 151,280 字 · 301 页
あれが麻酔剤だったのでしょう。口と鼻の上を何かで圧えつけられているなと思ううちに、気が遠くなってしまいました。それからあとは何も知りません。妙子は? 妙子は攫われてしまったのですか」
川手氏は無論それを知っていた。だが、聞かずにはいられないのだ。
「申訳ありません。しかし、僕の持場には少しも異状はなかったのです。あいつは窓から入ったのかも知れません」
博士は云い捨てて、窓のところへ飛んで行くと、サッとカーテンを開き、掛金をはずして、すりガラスの戸を上に押し上げ、庭を覗いた。
「小池君、小池君」
「ハア、お早うございます」
何としたことだ。小池助手は別状もなく、そこにいたのである。そして何も知らぬらしく、間の抜けた挨拶をしたのである。
「君は眠りやしなかったか」
「イイエ、一睡も」
「それで、何も見なかったのか」
「何もって、何をですか」
「馬鹿ッ、妙子さんが攫われてしまったんだ」
博士はとうとう癇癪玉を破裂させた。
だが、よく考えて見ると、小池助手に落度のある筈はなかった。彼が犯人を見逃したのではない証拠には、窓は二つとも、ちゃんと内側から掛金がかけられ、少しの異状もなかったからである。