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あくまのもんしょう

悪魔の紋章

江戸川 乱歩

「日の出」新潮社、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 151,280 字 · 301 页

青空文庫

「しかし、逃げ出すと云って、どこへですか。一歩この邸を出れば、人通りがあります。まさか明るい町を、女を抱いて走ることは出来ますまい。それに、刑事さん達も、まだ門の外に見張りをつづけていたんだし――」

川手氏が腑に落ちぬ体で反問した。

「そうです。僕もそれを考えて安心していたのですが、賊の方では、この二重の包囲を脱出する、何か思いもよらぬ計略があったのかも知れません。イヤ、ひょっとすると、あいつは、まだ邸内のどこかに潜伏しているんじゃないか。夜を待つ為めにですね。しかし……」

博士も確信はないらしく見えた。

「だが、妙子はどうして救いを求めなかったのだ」

川手氏はハッとそこへ気づいたらしく、真青になって、脅え切った目で宗像博士を見つめた。

「妙子はわしと同じように猿轡をはめられていたのでしょうか。それとも……」

「何とも申せません。しかし、少くとも無残な兇行が演じられなかったことは確かですよ。どこにも、血痕などは見当らないのですから。しかし、お嬢さんの生死は保証出来ません。ただ御無事を祈るばかりです」

博士は正直に云った。

川手氏の物狂わしい脳裏を、妙子さんが賊の為めに絞殺されている光景や、毒薬の注射をされている有様などが、浮かんでは消えて行った。