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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页

青空文庫

私はその横山美智子という名前と、雑誌『金の船』の経営者であり美智子の夫君である、横山寿篤のお名前をその時に初めて知ったのである。

当時私は愛酒家であった。まともの奥さんとか夫人とか令嬢とかいう、まじめな婦人と話することを避け、バーとかカフェとか少々いかれて苦労した女の人でなければ、したしむこともしなかった。まともな女の人と話をしてもちっとも面白くはない、窮屈で礼儀正しく冗談も言わないし、坐り方でもきちんとして色気も何も、私の見ようとするものがなかったから、私ははたらく女の人と金の事や苦労の事や、いやな男達の悪口をつくのが好きだった。だからこの十九歳の横山美智子が来ても、優待するとかお世辞なぞ言わないで、童話なぞ私のようなすれっ枯らしの書ける聖話ではないからといい、佐藤春夫は西洋の本もよんでいるから、なにか好い思いつきがあるかも知れない、行ってご覧なさいといって私自身の原稿は断ったのである。まともな女の人をみればすぐ外っ方を向くような変なものを持っていた私は、その変なもので横山美智子をすげなくしてお帰ししたのである。

作家というものは作家同士をすいせんすることは、殆どまれなことである。