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ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく
文化史上より見たる日本の数学
三上 義夫
三上義夫『文化史上より見たる日本の数学』。同一底本的分册已合并为一书。收入:文化史上より見たる日本の数学、芸術と数学及び科学、和算の社会的・芸術的特性について、数学史の研究に就きて。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,999 字 · 192 页
会田の前には有馬頼※(「彳+童」、第4水準2-12-25)が関流の秘伝を破って『拾※(「王+饑のつくり」、第3水準1-88-28)算法』を公刊したこともあり、会田は関流の学閥に敵意をはさんでこれと争いつつ衆望を一身に集めることができて、その新流派ははなはだ栄えたばかりでなく、これから数学は著しく民間に普及するに至った。これ勤王論の起こったのも同じく国民自覚の高まったために起こった事件であって、閥族に対する反抗の気運に乗じたので、関流に対する抗争には力強い根底があり、そうして大なる力となり得たのである。
会田の争いが動機となってか、はた社会状態の変わったためであるかはともかくとして、寛政より文化文政となるに従い和算は著しく世に広まり、社会の各階級から、また全国の各地から和算家が輩出したのは事実である。
故に和算は一方には遊食階級たる武士を中心として、この階級の産物たる色彩も濃厚ではあるが、また一方には武士であっても何であっても、武士としての仕事ではなく、等しく一私人としての仕事であったこともまた否定すべきでない。
しかるに維新後には事情が一変した。