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ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく
文化史上より見たる日本の数学
三上 義夫
三上義夫『文化史上より見たる日本の数学』。同一底本的分册已合并为一书。收入:文化史上より見たる日本の数学、芸術と数学及び科学、和算の社会的・芸術的特性について、数学史の研究に就きて。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,999 字 · 192 页
二十六 知識を尊重する精神の欠乏
と記されるのである。和算は術として終始している。
和算のこの態度は、すべてが技能的である日本のものとしては極めて自然のことであった。和算は理論としては支那のものを土台として、これを改造同化したのであるが、しかも支那で見ざる方面に発達し、応用の才を現わしている。これは支那の美術を学んで、しかも特色あるものを作ったことや、支那の医学を学んでやはり特色のあったのにも比すべきである。
こんな風で、すでに深刻独創的の哲学がないところに、数学そのものも学理的というよりは、法であり、術であり、技能的であったからには、数学上の観念も深刻透徹のものが発現しようはずもなく、円理のごとき術理は成立しながらも、いたずらにこれが運用に長ずるばかりで、西洋の微積分学のような組織あるものにならなかったのは、やむを得ざる勢いであった。
二十六 知識を尊重する精神の欠乏
日本は論理の進まなかった国であり、哲学は独創の体系を作らずして実地に活用することを尊び、すべてのものが理論的にならないで運用することに長じたものであって、数学もまたその数に漏れず、理論的に発達したというよりも、芸術化されて問題の処理などが進んだのであるが、武士は算盤を手にすることを恥じたほどで、数学は卑しまれつつ発達したのであった。