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ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく

文化史上より見たる日本の数学

三上 義夫

三上義夫『文化史上より見たる日本の数学』。同一底本的分册已合并为一书。收入:文化史上より見たる日本の数学、芸術と数学及び科学、和算の社会的・芸術的特性について、数学史の研究に就きて。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,999 字 · 192 页

青空文庫

それというのは年代がやや古く、多く史料の伝わらないからであったろう。幕末の諸算家になると、大概は和歌か俳句に、関係の無いものは無いというような有り様となる。山口和は越後水原の人で、広く諸国を遊歴したのであるが、その旅行の記事を見るときは、諸方で見聞した算題をも記しているが、また歌や俳句などをも盛んに記入している。これによりその人の趣味を見ることができる。奥州三春の算家佐久間が諸国を遊歴した時にも、諸方で書画や詩歌を書いてもらった冊子を作ったのであった。この人の作に『千代見草』と題する歌集もある。

『社盟算譜』などの著者白石長忠も和歌を記したものが幾らも残っている。馬場正督、正統の父子は俳諧では其日庵と称して、宗匠であった。日光清瀧にその俳諧の碑が建てられている。

川北朝鄰は内田五観門人として、関流宗統の算家であったが、俳諧においては馬場氏の伝を受け、晩年富士山下に隠棲して、多く富士の景色を詠んでいる。上州の萩原禎助は最も緻密な数学の研究家であり、風流気などありそうもない人であったけれど、それでも俳諧は盛んにやったものであった。和算家には詩を作った人はまれであるが、和歌や俳諧をやった人はすこぶる多い。